地獄についての考察。
あるいは、こう叫んでやりたい。
「どいつもこいつも浮かれていやがる」
カウンター越しから見える世界は、いつだってクリスマスみたいな景色だ。ラーメンを啜っているカップル。餃子を肴に瓶ビールをあおっているおっさん。やたら騒ぐガキを制止することもなく、テレビに釘付けになってポカンと口をあんぐりのババア。窓ガラスを揺らさんばかりにデカイ声でああだこうだパチンコと風俗の話しかできない土方のあんちゃんたち。湯煙を挟んで向こうは、空調が行き届いた天国。そこにいるのは賑やかで明るい、そして疲れきった人々。戦車のように堂々としているブランド物の鞄や、誇らしげに凛としていやがる黒地のスーツを纏った天使達は自分たちの仲間に対して楽しそうに微笑み、笑いあう。そして、手ぬぐいを巻いて汗だくで、ただただ必死で鍋を振るい続ける我々ごま油で出来たケロベロスに対しては概ね冷淡を、時には憤怒まみれの怒声、たまに同情の眼差しをぶつける。夢は蒸気で作られた雪化粧の向こう側にある。あるいは、ショーウィンドウの向こう、ブラウン管から放出される点滅光線でアタマをぶっ飛ばした先にある、行ったことない街東京とか。マンガとかで出てくる天国は地平線雲の向こうにあるそうだ。しかし、俺が見上げるこの路地裏からはどうだろう。空はそり立つビルに囲まれていてクッキーの型ほどしか見えない。雲なんてあるかどうかすらわからない。とおちゃん、かあちゃんの姿を確認することも、弁天様の入浴シーンを盗撮することもできない。遠い。一本目の煙草を吸い終え、二本目を吸おうと思ってポケットをまさぐる。右のおしりのポケットから一本抜き出そうとすると、ライターも一緒に抜け落ちる。カラッという音がピンボールのように響き渡る……。はずなのだが、今夜は落としたことにすら気付かなかった。突然、商店街の向こうからブラスバンドの賑やかな演奏が、耳をつんざくほどに(実際はそれほど大きな音ではなかったかもしれないが、胸にべったりとこびりついている自問自答や、己の中にある各種の呻き声が全く頭の中に届かないくらい印象的だった)聞こえてきたからだ。
思わず路地裏から音の聞こえるほうへと顔を覗かせてみる。すると、商店街の入り口から数人のピエロと1頭の像、時代錯誤の太鼓持ちやちんどん屋達が愉快そうにこちらのほうへと近づいてくる。携帯を取り出して時間を確認する。深夜0時30分。軒並みシャッターを閉めたアーケード街に鳴り響くブラスバンド。これは、なんかの前衛パフォーマンスなのか?こんな酔っ払いすらほとんど歩いていない路地に現れた彼らの目的はなんなのだろうか。警察は?いくらボンクラといえども、深夜にこれほどの騒音を撒き散らしていれば駆けつけてくるものである。しかし、その気配も無く謎のパレードはゆっくりとこちらへと近づいてくる。ところで、この音楽はなんだったっけな。よく聞き覚えのあるこの曲。流れているメロディに合わせて鼻ずさむ事だってできる。たしか、小学校か中学校の放課後に、吹奏楽部の部室から聞こえてきた音楽。そうだ、『聖者の行進』という曲名だった気がする。このパレード一団の演奏力は、素人の俺にだってわかるぐらい下手くそで、間延びしていて、音も時々外しており、リズムだって早くなったり、遅くなったりで、浮き足立っていて、明るい曲のはずなのに不安な気持になり、切なくなる。けれど、ピエロに扮したブラスバンド一団、化粧が汗で剥げ落ちて妖怪のような佇まいのちんどん屋や太鼓持ちは、誰も彼も楽しそうで、笑いあい、おどけた顔で、堂々と商店街を練り歩く。象は足元の自転車や看板を気にすることなくなぎ倒し、踏み潰し、蹴飛ばす。蹴飛ばして飛んでいったカーネルサンダースが、通りがかりのおっさんの頭に直撃した。おっさんは頭から大量の血をドクドクと流し、のびている。死んでいるかもしれない。しかし、そのおっさんに駆け寄って生死を確認しようとも、携帯電話で119番する気すら起こらなかった。恐怖心、というかその光景にただただ、うっとりとしてしまっているのだ。俺のほかにこの目撃者は、と思い周りを見渡す。数人のサラリーマンやバンドボーイ、キャバクラ嬢などがいるが、この光景の異様さに誰も気を止めている人はいない。おっさんとカーネルおじさんは真っ赤になって川の字でお昼寝。一人のピエロが横を通ったキャバ嬢に襲い掛かり強姦し始めた。キャバ嬢は、自分が何をされているか分からない白雉のようにポッカリと上を眺めているだけで何の抵抗もしない。おっぱいが顕になってもパンツを脱がされ性器が丸出しになってもまるで他人事のように、パックリとアーケードの鉄筋を睨みつけている。行進は止まらず『聖者の行進』は、持ち主を見失った携帯電話のように、同じ場所を何度もループしている。俺はただ、何をすることも出来ずにそのパレードをうっとりと、うっとりする。握り締めた煙草は汗でグショグショになり、紙と葉とフィルターで構成された訳の分からない塊になってしまった。ただ、うっとり。そんで、ねっとりとしたそのパレード一団はこの路地へと少しづつ少しづつ近づいてきた。
ところが、(といえばいいのか、意外と言うか、がっかりすることにと言えばいいのか、分からないが)ピエロ達は路地裏の俺のことなんてお構いなしで目の前を通り過ぎる。一人、また一人とピエロ達は通り過ぎ、ちんどん屋たちも僕に目をくれることは無く何かの文言を『聖者の行進』の節に合わせて唄っている(というかつぶやいているといったほうが正解なのか。まるでこの曲には初めからこのようなメロディがあったかのように相応しくてピッタリな節合わせだったのだ)。しかし、象だけが僕の存在に気付いたのか、あるいはこの行進にすら無関心なのか、集団のコースから外れて俺がいる路地裏のほうへとやってくる。象の図体は遠くから見ていたものよりもずっと大きく見える。思わず奥へ逃げ込む僕を追いかけるように、その大きな肉体をめり込ませて中へ、中へと入ってくる。店の中へ逃げ込めばよかったものの、行き止まりまで追い込まれてしまう。象は窮屈なこの狭い道を、なんともないように一歩一歩ゆっくりゆっくり近づいてくる。近づいてくるものだから、うちの中華屋の壁は音を立てて破壊され、隣のラブホテルのコンクリートは悲鳴をあげ大きな稲妻の亀裂が入る。先ほど落としたスロットで当てた時に余ったメダルで貰ったライターは、象の足元で木っ端微塵になり、ベット以外何も無い俺の部屋は丸出し状態になり、誰も使うことなく当時のまま残してあった両親の部屋は象の鼻に乱暴に弄られる。こうしてついに象に追い詰められた。体内にある臓器ひとつひとうがどのように動いているのか、こんな時じゃないと理解できないんだろうな。汗の一滴すらどのように体を伝っていくのかが良く理解できる。ああ、こういうとき普通の人間はどういう行動に走るのが正解なのだろう。まあ、普通の人間はこんな状況に普通は追い込まれないだろうがね。俺はポケットにある形態を取り出して、新着メールが無いか確認した。なんでだろう。こうしたかったからこうしたのだ、としか説明は出来ないのだけれども。象は僕をどうするつもりなのだろう。象だから銃や包丁を突きつけてくるわけもないし、象にカマを掘られたなんて話も聞いたことないし。無理にでも息を整え、今眼の前にある恐怖の対象を睨みつける。象の眼は優しい。
次の瞬間、象は俺に向かい鼻を勢いよく突きつけた。腹を抉り突き刺し、俺の体は持ち上げられ宙に舞う。痛みは感じない。まるで抱きかかえられたように安心感があり、けどその安心感を奪い去るように非現実的に体は持ち上がり、象の鼻に串刺しになり、宙に踊る。『聖者の行進』はもうとても遠くに聞こえる。そして象の鼻は天にめがけてどんどんと伸びる。地面がどんどん現実から無理やり切り離そうとするように遠くなる。次の展開を足りない頭で必死に考えようとすると、そんな考えは昼寝してるより無駄だよ問いわんように次の展開が無慈悲にやってくる。人が上から振ってきて地面に向かってまっさかさまに落ちていく。ヒラヒラのスカートを纏った女性のように見えた。上を見上げる。どうやら、落下してきた人は象の鼻から出てきたようで、今まさに一人の人間の両足が太い鼻からもぞもぞと這い出ようとしている。腰を器用に振り、鼻から這い出ると先ほどの女性のように地面へと落ちていく。地面はどんどん離れていくのだが、その二人ははっきりと見ることが出来た。それは数年前に交通事故で俺を置いて死んだ両親。天国へ行っちまったはずのとうちゃん、かあちゃん。とうちゃん、かあちゃんは天へ上がっていく俺を手をとり、じっと二人で見つめている。まるで、反対だ。二人を置いて俺が天に昇っていってしまう。沢山伝えたいことがあるのに、何も言葉が出てこない。もっと親孝行したかった、とか、実は将来ミュージシャンになりたかった、とか、でも中華屋は継ぎたいとか、モテないのはあんたたちのパッとしない遺伝をひいちまったからだよ、とか、好きな女の子いたけど結局中華屋の仕事覚えなきゃいけないから、あの娘は高校生の普通の彼氏が出来たほうが幸せだと思うからわざと冷たくして嫌われたけど、めっちゃホントはヤりたくて仕方なかったんだよ、そんな色々あったけど死ぬなよボケ、とか、もうそんなんもどうでもいいや、寂しかったとか、ツライとか、とか、。叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。鼻はどんどん伸び、ビルの谷間を抜け、雲をつき抜け、成層圏を抜け、それでも叫ぶ。ウワアア、ウワアア。なんも無い宇宙空間にまで鼻は伸びて、そのあたりで鼻は伸びるのをやめた。宇宙空間はとても静かで、本当に何も無い。もうとうちゃんもかあちゃんも見えない。ビー玉みたいな地球が間抜けにキラキラと光っている。胴体は未だ象の鼻が突き刺さったまま。何も出来ないし、どうすることもできず、思考力は無くなりぐったりしていると、向こうから銀の球がやってきた。その2mほどの小さな球体はこちらへと近づいてくると、こちらを珍しいもののようにグルグル嘗め回すように観察している。一箇所がガラス張りになっており、そこから何者かがこちらを眺めている。猿であった。猿がものめずらしそうに俺を観察すると、シシシと笑い小型宇宙船のなかで屁をこいた。それはとても大きな音で、月や地球が揺れる程のものだった。
それからどうなったかよく覚えていないが、気付くといつもの路地裏にいた。わが家、中華料理屋は半壊していた。隣のビルも商店街もメチャクチャになっていた。大きな地震があったと近所の連中は騒いでいる。俺はこんな狭い路地にいて、周りの建物は軒並み崩れたにも関わらず、傷ひとつ無く生きていたことは奇跡だといって、むやみに激励をいただいた。光が当たること無かったいつもの路地は、アーケードが崩れ落ち今はサンサンと光を浴びている。説明できないのだが、なんだか照れくさい。夜になるとそこから幾つかの星が見える。赤い星はどうやら火星らしい。あれがとうちゃんやかあちゃんの眼みたいで、初めてそう思えた時に、すごい泣けてきて、あのときにいえなかったたくさんの言葉をちゃんと言おうとして、そしたらホントに泣いてしまって結局何も言えずじまいにただ静かに叫んだ。
ウワアアア、ウワアアアア。
If man is 5
then the devil is 6
then the god is 7
(Pixis :Monkey gone to heaven)
PR
先日は下北で。
2008/08/10(Sun)10:43
俺のブログにリンク貼ろうと何回も試みたんだけど
岩ちゃんのヤツ対応してなかったみたいで。。ご免ねっ♪
これからもよろしくです!ちゃーっす◎
No.1|by SHUTARO|URL|
Mail|Edit